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Fantastic Cafeの更新日記/CG講座/創作談義
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 殺戮、暴力、戦争、いじめ、児童虐待、家庭内暴力、DV。
 大小に関わらず、力をもってして、死に至らしめる行為。
 現実社会において、決してなくならない、これらの重大な事件を作品として扱うとき、作者の質が問われる。

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 1996年、某青年誌で、遭難した教師と教え子が、出会った直後に死んだ子供の人肉を食って生きながらえるという漫画を掲載したところ、倫理的によろしくないということで、発売日店頭から回収された。話の筋として、どのようなものだったのか、はっきり覚えていなかったのだが、文明の利器によって、記憶が定かであることが証明された。(良かった)
 当該作品については、ネット検索すればヒットするので、興味のある人は検索されたし。

 漫画や映画、ドラマやアニメなど、視界に直接入ってくるものに限っては、特に厳しい規制が敷かれる。アダルトものと同じように、残酷描写は、常に正当な倫理感が求められるのだ。
 それは、小説についてもやはり同じ。ちょいエロのつもりが、描写の細かさからアダルト指定になってしまうこともあるわけで。軽い気持ちで殺人シーン書いたら、あまりの凄惨さにX指定かよ、なんてことも、あるかもしれない。
 あの、バトルロワイヤルが映画化されたときだって、物議を醸し出したんだから、世間は本当に、そういうことには敏感だとわかるだろう。

 話を作るとき、なにをテーマに置くか、というのも関わってくると思うが、「死」を扱うときは、本当に、慎重にならなければならないと思う。昨今、恐ろしい事件が日本中で起きているけれども……、それらにさえ、隠された「主張」「動機」があるのだから。

 戦争は、時には必要だ。話し合いで解決できないとき、武力行使することはある。ファンタジーやPRGなどでは、必要に駆られて戦争をするのだから、現実社会でも同じことが起きているというのは理解できるのではないかと思う。人を殺す、傷付けあう、日常世界では考えられないことだが、人類史上では至極当然のこととして続けられてきた行為だ。戦争によって、国は拡大し、歴史が紡がれる。正当化するつもりはないが、真実である。

 しかし、市民生活において、殺人行為は卑劣であり、あってはならないこと。そこには加害者のほかに、命を奪われた犠牲者がいる。加害者の人格、被害者の人格、それぞれ確実に存在し、無視することは出来ないものだ。
 人は、何故加害者が事件を起こしたのか、何故被害者が事件に巻き込まれたか、解き明かすために裁判をする。原因がわからなければ、根本的な解決にならないからだ。
 自分の身近なところでも起こりうる事件、事故、そして、「死」。
 その扱い方を誤ると、とんでもないことになってしまうことを、忘れてはならない。

 先のカニバリズム(人肉を食す行為)漫画だが、問題視された点として、行為の必要性の低さがあげられる。
 この漫画では、幼女を丸焼きにし、それを無神経に食らい、その後、あっけなく助かってしまう。人肉を食らってまで助からなければならない必要性に欠けてしまっていた。それによって、行為の残虐性だけが目立ち、結果、回収騒ぎになってしまったのだ。
 作者が何故カニバリズムを描いてしまったのか(しかも、あまりに軽率に)不明だが、これは何も、この作品のみに言えることではない。あちこちに潜んでいる、残虐性をうたった「グロ」系の創作物全般に言えることだ。

 いきなり、登場人物が誰かを殺す。その行為を鮮明に、残酷に描いていく。しかし、何故、そこに至ったのか書いていない作品があまりに多いのには危惧を覚える。
 私も、殺人シーンを書いたことはある。血反吐を吐きたくなるような強烈な描写が嫌いなわけじゃない。自分が書くときは、そこにたどり着くまで、何があったのかを出来るだけ、一緒に書き添えるようにしている。殺人者の心境になりきることは難しいが、なるべくそこに近い気持ちで書こうとする努力は必要だ。日常から非日常に移り変わるとき、何がきっかけで、何が起こり、どうしてそういうことをする羽目になったのか。殺人という行為、グロテスクな描写の必要性を、読者に伝えなければならないと思って書いている。
 ところが、私があちらこちらで見かけたのは、「グロテスクな描写をするための死」を演出している作者。そこに、感情などない。ただ、死体や殺人行為についてだけ、綺麗に描写されている。殺人現場は、この場合、感情のぶつかる場所ではなく、「作者が血や死体を見世物にしている」場所なのだ。

 大変恐ろしいことだが、「死」について、実感のない若者が増えている。
「生」と「死」、決して切り離すことの出来ない、逃れることの出来ないもの。誰かが生まれている一方で、誰かが死んでいる。命は必ず尽きる。──そんな当たり前のことを、理解できない人間が、確実に増えてきている。
 以前、テレビで「人は、死んだら生き返る」と信じている小中学生が今増えているのだと、知った。インターネットによる検索でも、中学生のおよそ2割が「生き返り」を信じ、また、身近で起こる「生」や「死」に感動を覚えていないことがわかった。

 現代社会、核家族化が急激に進んだこともあり、「生」や「死」の現場に立ち会うことが少なくなってしまった。
 家庭で出産する人は、一握り。今では殆ど病院で出産する。立会い分娩しなかった場合、男性が「生」の瞬間に立ち会うことは困難だ。女性が必死に産み出す「生」の瞬間に立ち会わないためなのか、それまでの人生がそうさせるのか、自分の子供を虐待する父親がいる。女性においても、自分で産み落としながら、虐待死させる事例が後を絶たない。生まれることに対する敬意が揺らいでいる。
 同じように、家庭で臨終を迎える人は、少なくなった。大抵、病院で死ぬ。病気で、入院し、そのまま帰らぬ人になってしまう。そうすると、同居家族でも、人がどんどんとやせ細り、ろうそくの火が消えるように、ある日突然死を迎えることを理解できなくなってしまう。
 核家族化のため、一緒に過ごしていた誰かが死ぬ現場に立ち会うことも少ない。葬式、法事への参列も、経験することがなくなってきている。

「生」や「死」は、「性」の問題とともに、どこか神格化され、タブー視されてきた。
 本当なら、もっと小さい頃、物心つくか、つかないか、そんなときから、積極的に教え込まなければならないことを、なぜか避け、その結果、誤った認識が根付く。
 なぜ、避けるのだろうか。ちゃんと話せば子供だって、理解する。なのに。

 そうして、「死」に対する意識の低いものが、例えば、横溝正史の八ツ墓村や獄門島(金田一シリーズ)など読んだら、どう思うだろう。あの、センセーショナルな殺し方(氷の張った湖に、死体を逆さまに立てる)(美女を着物のまま、柳の下に逆さに吊るす)などは、その奥に秘めた動機がなせる業であるのに、その強烈さだけが印象に残ってしまうのではないか。本当に、その作品が訴えたかった、「人間の心の醜さ」にまで、視点が移らないのではないかと思ってしまう。

 作品を仕上げる上で、「死」を扱うことはある。
 しかし、「死」に対し、きちんと理解し、向き合えない者は、「死」を軽々しく扱うべきではないと思う。

 若年層の「生き返り」信仰もさることながら、「残虐行為にたいする正当性」を持たれてしまっては、たまったものではない。
 物語を提供する側としては、「死」に対する畏怖と「生」に対する敬意を、忘れないようにしなければならないのではないか。単純に興味本位で「残虐行為」を美しく書こうとすることは、本来ならばあってはならないと、私は思う。

 
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うーん……
暴力表現と言うと、中学の頃に読んだプロレタリア文学を思い出します。文章を読んでいるだけで顔を背けたくなるような具体的な暴力シーンが冷静な文章でこれでもかって位に出てきたと記憶してます。中学のときに好奇心で小林多喜二読んだら、怖くて震えあがりました。でも、文学史なんかで習うし、これについてR指定されたという話も聞きません。

このプロレタリア文学と天本さんのブログでも出てきたバトルロワイヤルを比較してみますね。

正当性という問題からすれば、プロレタリア文学は国家が特定の思想信条を実際に暴力で弾圧した事実を訴えるという意義があるから正当性がある。でも、バトルロワイヤルはそういう意義はない。そんな風に言えますね。

バトルロワイヤルは、国家や権力者等の汚さを批判する内容だったと記憶しています。この内容を表現するために「15才の少年少女がクラスメート同士で殺し合いをする」という描写が必要ないと言える訳ですから。

とはいえ、「正当性」がないとこれだけで言えるかが問題だと思います。

国家によってクラスメート同士で殺し合いをせざる得ないという極限状態に置かれた少年少女の心理や行動を描き、それを通して国家や権力というものを批判する目的で殺人描写を具体的に冷静に描いているならば、この表現に正当性はないと言えるでしょうか?

とはいえ、こういう表現をすると、「暴力を描きたいがための暴力描写」になることが多いのが事実だと思います。

天本さんの仰る事は分かりますし、その通りだと思います。ただ、個人が自由に表現する事が保障されている以上、難しいですね。

「死」の表現方法については、「死」を安易に他人を泣かすために持ち出すケータイ小説の風潮も人の死を軽くみているような気がするのですよね。

だから、「死」を無機質且つグロテスクに描くよりも、「死」を安易に持ち出して泣かせる風潮の方が問題な気が私はします(笑)
2008-01-14 Mon 21:16
三谷透子
安易な「死」について
暴力表現や、死の表現の奥に、訴えたい言葉、主張があるものは、許せるんですが、本当に、ただ、残酷ものが好きで書いている中身のない「死」を扱っている作品は、実はとても多いんですよ。
以前、「ダーク」と「グロ」の見解で、グロテスク描写をすることが目的で書いている作者さんと少し揉めたことがありまして。

酒鬼薔薇聖斗の事件以来、問題視されていることですが、残酷描写への憧れを抱き、それを文章としてしたためることによって発散している人が、ごく一部ですが存在することは事実です。
八戸の一家放火殺人事件の長男も、やはり小説を書いていたという……。残酷な小説を書いていたかどうかは定かではありませんが、危険思想と思われても仕方がない気がしたのです。

表現の自由は勿論ですが、やはり、何かを提供する立場である以上、責任を持って発表すべきだというのが、私の考えです。

また、三谷さんのおっしゃる、恋空に代表されるケータイ小説の、安直な「死」の使い方も、危惧せねばなりませんね。
誰かが死ぬ=感動を生むのは確かですが、だからといって、現実にそう、ひょいひょいと人が死ぬことはありません。他に展開のしようがないのかどうか、私にはわかりませんが、悲恋が必ずしも死と直結する必要はないわけですから、不必要に登場人物を殺すのはどうだろう、というのには、同感です。
2008-01-15 Tue 17:11
天本
やっぱり難しいですね
確かに酒鬼薔薇事件からこ暴力描写と特に少年犯罪の関係は煩く言われるところですよね。無機質かつグロテスクに死や暴力を、単なる欲求発散のために描くという事が危険思想じゃないかという天本さんの意見を全部否定は出来ないです。ましてや小さなお子さんをお持ちの方ならそう思われるのが当然でしょう。描き手としても無責任というご意見ももっともです。

ただ、表現の自由というのは、そういう表現を危険思想として排斥すると、意味が無くなるものではないか、と思います。そういう前例を作ってしまうと体制批判な意見も危険思想にされてしまう可能性が出てきて、民主主義が崩壊してしまうおそれが強まりますから。

それに、単なる欲求発散として描かれた反社会的な描写ーー無機質且つグロテスクな暴力表現とか性表現、あへんや覚醒剤による快楽表現ーーが実は言いようもない社会の閉塞感や不平等感を訴えるために為されるということは特に私達の親の世代で立証済みですし。
ただ、こういう表現が何らかの閉塞感をぶち破ると考えられること自体、背景には人間が社会で生きていくという「生」についての……上手く言えないんですが……重要性というか不可侵な何かがあると思うのです。

大人はそこを理解出来て然るべきです。でもそれを小学・中学の子供が理解出来るか、は問題です。スポンジのように何もかもを吸いあげる幼少期や思春期という大人や社会に反抗する事も多い多感な時期の人間に、暴力表現等の受け手に余りにも強い衝撃を与える表現を晒すという事は問題が多いですよね。

そう考えると、ネットや携帯で直ぐ見れる小説での「死」の表現は難しいですね。その描写があれば、盛り上がりやら落としどころが出来てしまうだけに。うん。自戒を込めてそう思います。

取り留めのないコメントですみません。
2008-01-15 Tue 20:02
三谷透子
年齢制限
残酷描写に、年齢制限を付ける手もありますが、ネット上ではそれほど拘束力がないように思います。
誰にでも簡単に読める以上、書く方は、市販されている書籍以上に気を配る必要があるのではないでしょうか。

しかし、実際はその手軽さから、なんら制限されず、垂れ流しになっています。
作者側の責任として、注意書きの徹底、パスワードの設定など、若年層や苦手な方へ配慮しなければなりませんよね。

かく言う私の小説も、一部、残酷描写ありになっています。
これでもか、というくらい、PCサイトのほうでは、目立つように注意書きを入れました。
今のところ、特に苦情はありません。
書いているうちに、残酷になってしまったクチですが、私自身、気をつけなければならない点です。
2008-01-15 Tue 20:30
天本
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